わたしは今、スケジュール帳と、なんでもノートの2冊を使っています。
日々の出来事や考えていることをまとめて書く「なんでもノート」ですが、そんなノートにも実は書きたくないことがあります。
それは、嫌だった出来事や、誰かに対するネガティブな気持ちです。
わたしの場合、詳しく書けば書くほど、気持ちが整理されるどころか、余計につらくなってしまうから。
今回は、ネガティブな気持ちをノートに書かなくなった理由と、今のノートの使い方について書いてみます。
ノートには、何でも書いていいと思っていた
わたしの「なんでもノート」は、メモや日記として使うのはもちろん、頭に浮かんだことをそのまま書き出す「ジャーナリング」にも使っています。

(ジャーナリングについてはこちらの記事でご紹介しています。)
その日にあった出来事。今考えてることや、欲しいもの、これからしたい事。
そして今までは、悩み事や愚痴も書いていました。誰にも見せないのだから、本音を何でも書いていい。
ネガティブな感情も、嫌だったことも、思っていることを全部吐き出せば、気持ちがすっきりする。
以前は、そんなふうに考えていました。
そして、実際に書くことで気持ちが楽になる人もたくさんいると思います。SNSや検索でも、ネガティブな気持ちや嫌な感情も、全部書き出すことをおすすめしている記事をたくさん見ました。
でも最近、わたしにはその使い方が合わないように感じてきたのです。
ネガティブなことを書く時に、もう一度思い出してしまう
まず、ノートに日付を書いて、「今日はこんな気分」「最近◯◯◯について考えている」など、その時に思ったことをつらつらと書いていきます。
そのとき、嫌だった出来事について書こうとすると、どんなことが起きたのか、なぜ嫌な気持ちになったのかなど「自分に何があったのか」や「その時の嫌な感情」を思い出す必要が出てきます。
どこで、誰に、何を言われた(された)のか。自分はどんな気持ちになったのか。
書いていたり、書く内容を思い出すうちに、どんどん嫌な気持ちもよみがえってきてしまうのです。
忘れかけていた相手の言葉まで思い出して、また傷ついたり、腹が立ったりする。
そして、「どうしたらよかったんだろう」とか「なぜ、あんなことをするんだろう」というところまで考え始め、自分からネガティブ沼にハマっていくのです。
でも、いくら考えたって、書き出したって、相手の行動や気持ちがわかるわけではない。
それなのに、ノートに書くために嫌な気持ちを思い出して、結論が出ないままノートが終わってさらにモヤモヤしてしまう。
同じ出来事を何度も振り返り、同じ疑問を延々と考えて。
わたしにとっては、気持ちの整理ではなく、悩みを長引かせるアイテムになってしまっていました。
愚痴ノートを作ったけれど、すぐに捨てた
だから、愚痴を書くためだけの「愚痴ノート」を作ったことがありました。
楽しかった思い出の次のページに、ネガティブなことが書いてあるのも嫌だったので、それ専用のノートを作ってみたのです。
いわゆるデスノート的な感じです。嫌だったことや、誰かに言われて腹が立ったことを、遠慮せずに書くノート。
誰かに見せるものではないのだから、きれいな言葉を選ばなくてもいい。思っていることを全部吐き出せば、きっとすっきりする。
そう考えて始めたんですが、むしろ嫌だった出来事や、腹が立った言葉が一冊に集まっている「呪物」のように思えてきてしまったのです。
読み返すつもりもないし、書き終わればすぐに捨てるつもりだったけど、そもそも保管しておいたり、それを持っていること自体に気持ち悪さを感じるようになってきてしまったのです。
愚痴を書くことが悪いわけではもちろんありません。
ツラい気持ちを書くことで、考えていることを整理できたり、誰かに話せない内容を誰かに話したような気持ちになってスッキリする人もいるはず。
ただ、わたしには合っていませんでした。
嫌だったことは、出来事と感情だけ記録する
嫌なことがあった日も、日記に「今日は◯◯◯◯があって、しんどかった〜。」くらいは書いています。
「今日職場で〇◯さんにこんなことされた!何その言い方!ムカつく!」
「今日はお客さんにクレームを言われて落ち込んだ〜〜もう最悪。」
そのくらいはちゃんと書きます。
そのとき自分が悩んでいたことを、日々の記録として残しておきたいから。
ただし、何があったのかを詳しく説明したり、相手への愚痴を何ページも続けたりはしていません。
そのときの出来事と感情だけを「記録」するように気をつけています。
今日のわたしがどんな1日を過ごしたのか、それだけが分かるように書く。そんな一日を過ごしたことだけ認める。
なんでも書くノートだからといって、書きたくないことまで、すべて残す必要はないのだと最近やっと思えるようになりました。

わたしの8月の日記にはこんな風に文句が書いてあります。
お盆休み前の納期変更はえげつね〜〜〜!笑
「なぜ」より「これからどうしたいか」を書く
嫌だった出来事を詳しく書くことは苦手ですが、「自分は本当はどうありたいのか」「自分はどういう暮らしや生き方が理想なのか」ということを、ノートにたくさん書くようにしています。
相手がなぜあんなことをしたのかは、どれだけ考えても分からないけど、自分がどうしたいかは考えられる。
相手の行動は変えられないけれど、自分がこれからどうするかは考えられる。
嫌なことをされたなら、「どんな人でいたいのか」を考える。
今いる環境がしんどいなら、「どんな毎日を送りたいのか」を考える。
自分にとってどの部分が嫌で、どんな暮らしをしたいのか。そのために、これからどうやって頑張っていくのかをノートに書いていくのです。
そうして、少しずつ理想の暮らしに近づけるように気持ちを切り替えていくのです。
わたしは、そのほうが前を向けるような気がします。
ずっと「通勤しんどい」とか「無視されてツラい」と書くより、「通勤が楽な生活をするためには…」「無視される環境を変えるには…」と考えるほうが、わたしの精神的には良いと思うのです。
そして、それを実現するための行動に移していく。これがわたしの考える良いノートの使い方だと思うのです。
書かないことも、自分を守る選択
嫌なことや、ネガティブな気持ちって、大なり小なり誰でも持っているものだと思います。
その解消方法も人それぞれだと思います。
誰かに話すでも良いし、AIに聞いてもらうのも良いし、泣いたり、食べたり、ノートに書いて発散するのも良い。
でも、やっぱり解消方法って人によって合う・合わないがあるなあと感じています。
そして、わたしと同じように「ノートに書いた方が良いっていうけど、なんか書く気が起きないな…」という人もいると思うのです。
わたしも、ノートを楽しかったことだけで埋めたいわけではありません。つらかった時期も、悩んだ日も、そのときの自分を作っているもの。
後からノートを見たときに、「このころは大変だったんだな」「それでも、ちゃんと毎日を過ごしていたんだな」と思える記録があることも大切だと思っています。
だからこそ、その出来事の扱い方を自分でコントロールすることが大切かなと思います。
ノートには、何を書いてもいい。でもそれは「何でも書かなければいけない」という意味ではありません。
書かないことも、自分の心を守るための選択。
自分が楽に、楽しくなるほうを選んでいい。
ノートに書くのは自分のためだから、これからも自分の気持ちをい大切にする方法で使っていきたいと思います。


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